YMCA NEWS 2020年8月号|パラ競泳 富田宇宙選手[1]

パラリンピックで社会を変える
KUMAMOTO YMCA NEWS No.573/2020.8 >>> 掲載紙(PDF)はこちら

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富田宇宙(とみた うちゅう)さん
パラ競泳アスリート/YMCA水泳教室元メンバー


大きな苦痛だった病気の進行

約20年前、ながみねファミリーセンターのプールに通っていた小学生が今、パラアスリートとして世界の舞台に立っています。富田宇宙さん、31歳。2019年にロンドンで開催された世界パラ水泳選手権では100mバタフライと400m自由形でともに銀メダルを獲得しました。富田さんは3歳で水泳を始め、高校2年生の頃、徐々に視力が失われる網膜色素変性症の診断を受けました。現在の富田さんの視力は、明るい・暗いが分かる程度。パラ水泳では全盲クラスのスイマーです。

病気が判明した時、富田さんはどう受け止めたのでしょうか。「症状はゆっくり進行して、徐々に視野が失われていきます。5~10年後には完全に見えなくなるかもしれないし、そうじゃないかもしれない、という曖昧な診断でした。それまで行くことができていたところに行けなくなったり、趣味を失ったり、できないことが少しずつ増えていくと大きな精神的苦痛に襲われました。あらゆるこだわりを捨てなければならなかったので。でも、目が見えなくなるというのは、視覚的な情報が入ってこなくなるというだけで、命を脅かされるわけではない。制限の中でどう生きるか。今は、すべては自分の受け取り方次第だと考えています」。


ありのままを「受け入れる」

新型コロナウイルス感染拡大を受けて、富田さんの練習と生活の拠点だった東京の施設が閉鎖。そのため熊本市へ帰郷し、6月までYMCAみなみセンターでトレーニングを行うことに。この世界的な異常事態に対しても口調は穏やかです。「僕らは、『当たり前の生活』の定義が皆さんと根本的に違います。新型コロナの影響で『〇〇ができない』『〇〇に行けない』というけれど、僕たちはもとから行動に制限があるので普段から不自由なんです。しかも、その不自由は無期限。自粛はつらいことですが、この状況をまず受け入れることが求められていると思います」。

メダル獲得を目指す2020年東京パラリンピックは延期。来年の開催さえ危ぶむ声が聞かれます。「パラリンピックは視覚を失うことで僕にたまたま訪れた機会です。延期されれば、その期間を最大限に活かして取り組むしかない。 仮に大会が行われなかったとしても、何にもないゼロの状況からたまたま機会に恵まれて、それがまたゼロに戻るだけなので恐れることはありません」と富田さん。パラ水泳への挑戦も「今できるベターな仕事として取り組んでいるのだから、それを揺さぶられたとしても受け入れることができると思います」と語り、“物事を受容する姿勢”は一貫しています。

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中学時代の水泳部の先輩でYMCA職員の兼瀬さんがトレーニングをサポート


最大の目的は「伝えること」

富田さんはSNSによる情報発信を積極的に行っています。それは、社会にマイノリティ(社会的少数者)への理解を求めるための活動です。「パラリンピックは、シンプルにスポーツというより、マイノリティ理解への働きかけという役割が大きい。特に、水泳はいろんな障がいのある人が参加する珍しい競技です。僕もパラ水泳を経験して、多様な人たちがいるということが自然なんだと考えるようになりました。『あの人は目が見えない』と聞いて皆さんが持つイメージと、僕という存在とにギャップがあるように、視覚障がい者であるとか、国籍、性別のイメージでひとくくりにするのは違うんじゃないかと思うんです。いろんな人がいることが自然なことなんだということを伝えていきたいですね」。

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富田さんのInsttagramより
https://www.instagram.com/uchu_tomita/

富田さんが今、パラ水泳に全力で取り組んでいる最大の目的は「伝える」こと。「2012年ロンドンパラリンピックはプロモーション的にも、経済的にも成功し、多くのファンを生みました。まず学校行事として子どもたちに大会を観に来て もらうんです。子どもがファンになれば次は家族で観に行きますよね。このプロセスの有効性を実証したという点でロンドンパラリンピックの成功は大きかった。子どもたちは選手の魅力を純粋な目でキャッチします。一方で、日本の社会は障がい者を極端に保護の対象として捉えがちで、パラスポーツへの理解が遅れています。パラリンピック東京大会は社会に変化をもたらす最大のチャンスです。これ以上のビッグイベントはないですから」。

 

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